この宇宙に「それ以上小さくできない最小単位」が存在するとしたら、私たちが生きる現実はアナログではなくデジタルだということになるのか。
「なめらか」に見える世界は、本当に連続しているのか

時計を見てほしい。
スマートフォンの数字が切り替わるのがデジタルで、針が動くのがアナログ──多くの人はそう理解している。だが、これは正確ではない。針があるかどうかではなく、値が「とびとび」かどうかが本質だ。カチッカチッと1秒ごとに刻むクォーツ時計は、針があってもデジタルだ。本当のアナログとは、針がすーっと止まることなく動き続ける状態を指す。1秒と2秒の間に、無限の瞬間が存在する。
では、この世界はどちらなのか。
私たちの目に映る宇宙は、なめらかで連続的に見える。光はなめらかに伝わり、物体はなめらかに動く。ニュートンの古典力学も、アインシュタインの相対性理論も、その「連続性」を前提に成立している。
しかし20世紀以降、物理学の最前線に1つの不穏な数値が浮かび上がってきた。この宇宙には「解像度」があるかもしれない、という話だ。
プランク長──1.616×10⁻³⁵メートルという壁

その数値は 1.616×10⁻³⁵メートル。「プランク長」と呼ばれるこの値は、20世紀初頭にドイツの物理学者マックス・プランク(Max Planck、ベルリン大学教授)が自然界の基本定数から導き出した長さだ。
原子の直径がおよそ10⁻¹⁰メートル、陽子の直径が10⁻¹⁵メートル。プランク長はその遥か先、人間の想像が完全に追いつかないスケールにある。
問題はこの長さが持つ意味だ。現在の物理学では、プランク長より小さいスケールを計算しようとすると、量子力学と一般相対性理論が同時に破綻する。2つの計算式が矛盾した答えを出し、どちらも信頼できなくなる。つまりプランク長は「物理法則が意味を持つ最小のスケール」だ。
同様に時間にも限界がある。プランク時間(約5.4×10⁻⁴⁴秒)以下の時間間隔は、物理的な意味を持たない可能性がある。
空間の最小単位、時間の最小単位。それが実在するなら、この宇宙はピクセルとフレームで構成されたデジタル世界ということになる。ただし現時点では、プランク長スケールを直接観測する手段は人類には存在しない。これがアナログかデジタルかを「確認」することは、まだできていない。
それを本気で理論化している物理学者たち
「観測できないから結論は出ない」──それは正しい。だがこの問いを、数学と物理の言語で真剣に追っている研究者たちがいる。
ループ量子重力理論は、アインシュタインの相対性理論と量子力学の統一を目指す理論の1つだ。イタリアの物理学者カルロ・ロヴェッリ(Carlo Rovelli、エクス=マルセイユ大学教授)らが主導するこの理論では、空間はなめらかな連続体ではなく「スピンネットワーク」と呼ばれる離散的なネットワーク構造でできているとされる。空間にはピクセルがある、という主張を数学的に展開している。
ホログラフィック原理は、ある空間領域が持てる情報量には上限があり、その上限は体積ではなく表面積に比例するという原理だ。1970年代にイスラエルの物理学者ヤコブ・ベッケンシュタイン(Jacob Bekenstein、ヘブライ大学教授)が提唱し、後にスティーブン・ホーキングがブラックホール研究で支持した。3次元空間の情報が2次元の面に書けるということは、宇宙が扱う情報量は有限だということでもある。
It from Bitは、アメリカの物理学者ジョン・アーチボルド・ホイーラー(John Archibald Wheeler、プリンストン大学名誉教授)が提唱した概念だ。「物質(It)はすべて情報(Bit)から生まれる」という考え方で、物理的な実体よりも情報こそが宇宙の根本にある、という逆転の発想を打ち出した。2020年代に入り、量子情報理論の発展とともにこの考えへの関心は再び高まっている。
3つの理論はそれぞれ独立しているが、共通の示唆を持つ。宇宙は無限の精度を持つアナログではなく、有限の情報で動いているかもしれない、ということだ。
スピリチュアルの伝統が「最小の単位」を語るとき
興味深いことに、「これ以上分割できない最小の単位」という概念は、科学が辿り着くはるか前から、さまざまな伝統の中に存在していた。
古代インドの哲学体系ヴァイシェーシカ学派は、紀元前6世紀頃から「パラマーヌ(paramāṇu)」という概念を持っていた。これ以上分割できない物質の最小単位であり、現代の原子概念に先行する思想だ。すべての存在はこの最小単位の組み合わせであり、組み合わせを解けば存在は消える、という考え方だった。
仏教の時間論には「刹那(せつな)」という概念がある。これ以上分割できない時間の最小単位とされ、経典によっては「1秒間に65刹那」「1刹那は75分の1秒」など具体的な数値で語られることもある。現象はこの刹那の連続として現れ、連続しているように見えるものは実はとびとびの点の集まりだ、という世界観だ。
ユダヤ神秘主義カバラーの伝統では、神の意志が「ツィムツム(収縮)」によって空間を生み出したとされる。無限の神性が自らを収縮させることで「余白」が生まれ、そこに有限の世界が展開する。この「収縮」という概念は、情報量に限界がある宇宙の構造と奇妙に響き合う。
文化も時代も異なる伝統が、「この世界には最小単位がある」「見かけの連続は、分割不能な点の積み重ねだ」という直観に繰り返し辿り着いている。
科学とスピリチュアルが交わる問い
プランク長という物理の限界と、パラマーヌや刹那という古代の直観は、同じ問いの周りを回っている。この世界は連続しているのか、それともとびとびなのか。
科学は「プランク長以下は計算できない」と言い、スピリチュアルの伝統は「これ以上分割できない単位がある」と言う。手法はまったく異なるが、辿り着いた輪郭は重なって見える。
もしこの宇宙がデジタルだとしたら、あなたが「なめらか」と感じている今この瞬間の体験も、実は無数の最小単位の連続として成立していることになる。その「連続」を「本物」と感じる主体は何なのか。
意識の話については、量子脳理論と意識の謎でも別の角度から考えている。
参考文献
- カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学講義』河出書房新社、2017年
- カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』NHK出版、2019年
- John A. Wheeler「Information, Physics, Quantum: The Search for Links」Complexity, Entropy, and the Physics of Information, 1990年
- Jacob D. Bekenstein「Black Holes and Entropy」Physical Review D, Vol.7, 1973年
- 中村元『インド思想史』岩波書店、1968年


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